南部繁栄の支柱
その点アメリカでは、栄養は最低限で維持され、平均寿命も白人農民に比べてとくに低いわけではなかったのです。
アメリカにおける黒人人口の増大は、少なくとも年3%という高い出生率のせいとみてよいでしょう。
つぎに重要なのは、黒人奴隷10人のうち9人以上が南部に集中していたことです。
このことからも明らかなように、奴隷制度に対する考え方は、南と北では基本的に異なっていました。
南部ほどに恩恵を受けていない北部は奴隷解放を進めたのに対し、南部は最後まで奴隷制度に執着しました。
このことが主因となって南と北の間に国民同士が血を血で洗う戦争が勃発したのです。
南部にとっては奴隷制度こそ経済の基盤であり、その廃止は18世紀末から繁栄しつつあった南部経済を破滅へと導くことを意味しました。
とくに綿花生産は単に南部ばかりでなく当時のアメリカ経済全体にとっても最大成長部門であったし、南北戦争までの半世紀の間その成長を支えました。
とりわけ天才イーライ・ホイットニーの綿繰り機の発明は南部の綿作農業に革命的な影響を与えたのです。