南部繁栄の支柱 2
綿繰り過程の大幅なスピードアップは綿作の大量生産に道を開き、イギリスやニューイングランドで折から勃興しつつあった紡績業からの大量需要に対応することができたからです。
従来は奴隷制度は非能率であって、南部経済発展、とくに工業化を遅らせたと歴史家によって説明されてきました。
しかし、最近の研究によると、第一に南北戦争前の南部経済は停滞していなかったのです。
第二に、奴隷労働に依存する綿作プランテーションの生産性はきわめて高いものでした。
第三に奴隷制度は南部の他の事業に比べて著しく収益性が高いシステムでした。
・・・このため地力の低下もあって、綿作地帯は旧南部(サウスカロライナ、ジョージアなどの諸州)からメキシコ湾沿岸やミシシッピ下流の南西部の諸州(アラバマ、ルイジアナ、テキサスなど)へと拡大していきました。
このようにプランテーションの生産性と収益性を高めたものは、大規模プランテーションにおける規模の経済性と、大量生産方式とによるものでした。
ひとくちにいって大規模プランテーションは、農園というより組み立て工場と同じでした。